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よたぴょんの生い立ち |
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神奈川県横須賀市生まれ年齢不詳、性別不詳
千葉県民、埼玉県民に過去所属
25歳で渡米、、、お金を使いすぎて行き先を換えオーストラリアへ
何を間違えたかそのまま在住してしまった
現在ケアンズ在住
ロサンジェルス半年
ケアンズ7年半
シドニー3年
パース1年半
在住済み、、オーストラリアでの転勤回数はなんと5回、といっても商社マンではありません
趣味
波乗り−−−ケアンズは波が無くて出来ません。下手なのでシドニーでは足を切って救急車で運ばれたことがあります。
スキー−−−ケアンズは雪が降りません スキー添乗員、インストラクター経験。蔵王、野沢温泉など上から下までノンストップで降りられます、、ただしこけたときは大変なことになります。
ウェイクボード−−−回転して頭から落ちて記憶を失ったことがあります。自分がどこに住んでいるかも思い出せなかったのでそのときはかなりあせりました。
ウィンドサーフィン−−−下手だったので腕の筋肉ばかり使いました(パースにて)
考えること−−−、、、、
スポーツ好きな私ですが、今はほとんどしてません、、、
過去の旅行歴はアメリカ、カナダ、メキシコ、ハワイ、グアム、中国、香港、タイ、マレーシア、ミャンマー、シンガポール、インドネシア、バリ、フィリピン、バヌアツなどアジアを起点にたくさんの国に行く
現在は代理店業
お笑いページ ハレルヤ商会はこちら
やはり住むなら「オズの魔法使い」のオズの国、オーストラリアが最高
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| レイクティナルーにてウェイクボード |
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| マルグレーブ川でウェイク |
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| スカイダイビング 飛んだ後 |
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| ダイビング グレートバリアリーフ |
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| 植物園 |
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オーストラリア移住ストーリー |
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私がオーストラリアに来たのは当時25歳でワーキングホリデービザを申請してパースに到着したのは26歳になっていました。
もともと日本にいるときも海外に行く機会が多かったので海外への違和感はあまりなく、海外に住むことが憧れでした。やはり旅行と住むことは違うことが海外に行く度に実感しました。やはり日本人の憧れ的国は「アメリカ」なのでしょうか?私も例に漏れずに会社を辞めアメリカに25歳で渡ったのですが、半年でお金が回らなくなり日本へ帰国。そしてワーキングホリデーのビザを取得し、すぐにオーストラリアへ。オーストラリアに移る理由はアメリカ(ワーキングホリデービザと違いあまり仕事がでお金がなくなってきた他にもうひとつ理由がありました。アメリカ滞在中、以前の会社の先輩より電話がありました。今ケアンズで旅行会社で働いているんだけどオーストラリアで一緒に働かないか?という打診でした。私も軍資金が底をついていたのにで好機と思い二つ返事で大好きだったアメリカとお別れをし、一路オーストラリアへ。
ところが、事態は急変日本に戻ってさあオーストラリアへ、、、と思ったときに先輩より「会社とうまくいかなくて俺会社を辞めることになった」と、、、 折角オーストラリアに行ったらすぐに就職先が出来たと思った計画が無残にも簡単に崩れてしまったのです。そんなこんなのうちにオーストラリアに来てしまった軍資金のない私は就職活動にあけくれる毎日でした。
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オーストラリアで就職 |
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シドニーに着いて
すぐに住まいを探すことに。予めシドニーの地元の日本の雑誌を入手し直接連絡したところ空きがあり空港に到着してすぐにその場所に。
日本人夫妻のやさしいホストでした。ついて早々すぐに就職活動でしたが、ネクタイもなかったのでホストから借りてまずは履歴書に貼る写真撮影。それから履歴書を何枚か作成し片っ端から電話で面接のアポを取るのだが、電話をしたうち7割は敗北!
残った3割の中からせっせと面接をしようと、、
最初の面接に行った場所は旅行会社。以前日本で旅行会社にて働いていたため旅行業界も何件か電話した中ですぐに面接に来てくれとの人事部の若そうな女性からの連絡だったので慣れないスーツ姿でいざ出陣。お会いした方は人事部の方と思われる女性方と人事部課長と思われる男性の方。
話しているうちに世界は狭いもので人事部課長と思われる男性とロサンジェルスで仕事で会っていたではないか!(私が添乗員として行った時に現地でお世話してくれた旅行会社の方でした)
そんな奇跡的出会いで話に花が咲き、採用に!
会社に入ってわかったことですが人事部の若そうな女性=人事部長、人事部課長と思われる男性=支社長 だったのだ。
そんな会社にも5年もお世話になってしまいました。随分の昔のように思います。
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よたぴょんアンケート |
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「海外赤っ恥&大失敗特集 〜仕事編〜」アンケート ※出版された本に掲載されたものから抜粋してます。
Q1 現在のお仕事をされる前に、海外でどのようなお仕事をされてきましたか?
代理店です。
Q2 海外で仕事を始めたきっかけは何ですか?(職種は? その時の年齢は?)
26歳からオーストラリアにて旅行業の仕事に携わっていました。日本でも旅行業に従事していたので海外に行く機会は多かったので是非海外で働いてみたいという意思が膨らんできました。
Q3 その際にどのくらいの資金が必要でしたか?
単身オーストラリアに来たときは50万円ほどしかありませんでした。会社を設立する際は初期投資として約350万円ほど投資しました。
Q4 その時、言葉はどの程度できましたか?
オーストラリアに来る前に半年アメリカで留学(予定は1年でしたがお金に余裕がなくなり半年で切り上げました)したので日常英会話がやっと出来るかどうかでした。
Q5 その仕事を始めて、日本と比べて一番違ったことは何ですか? 3つ挙げてください。
A 日本の当たり前 で考えてもこっち(オーストラリア)の考え方は違います
B 社内の上司を紹介する際にもこちらはMrをつけるのには驚きました
C 時間がルーズなことは多いかも知れません、こちらの人もオージータイムと割り切る場合があります
Q6 まがりなりにも海外で収入を得ることができたのは、ご自分なりに何があったから(何のおかげ)だとお考えですか?
運がひとつ、もうひとつは人と人とのつながりを大事にしたからか他の方からのサポートがあったのだと思います。
Q7 海外で仕事をしていて「赤っ恥をかいた」「とんでもない失敗をした」「トラブルになった」経験があったらご記入下さい。(★特集のメイン項目となりますので、なるべく詳しくご記入ください。)
お客様からのクレーム処理で私がその処理に5スターホテルに出向き、ロビーでお詫びをさせていただいたのですが、お客様は私が思っていたよりかなり激怒しておられ、このときぞとばかりに鬱憤を私に言うことではけ口にしたのですが、言えば言うほどエスカレートしてきて「土下座して謝ってもらわないと困る」と言う口ぶりで私は言われるがまま、地べたにひざをつけお詫びしようと思ったところ5スターホテルのロビーにいた方々は私を見て目が点になっていました。きっと王様か総理大臣でも来たのかと思ったのでしょうか?
さすがにお客様も周りの方の空気を察知したようで私は海外で土下座をせずに済みました。
こちらオーストラリアでは日本人同士がお辞儀をしているだけでも回りの視線を横取りできます。国が違えば作法も違うようです。
Q8 海外を撤退し日本に帰りたいと思ったことはありますか?(それはどんなときですか?) または将来、日本に帰りたいですか?
日本に帰りたいというか仕事する場所は特に気にはしていません。オーストラリアでも日本でも中国でも場所は選びませんが、せめてスキーか波乗りが出来るところに住みたいです。(今のケアンズではこの両方とも出来ませんが)
Q9 日本人が海外で仕事をし、収入を得るためには何が必要だとお考えですか? 3つ挙げてください。
A 最低限の英語力
B 順応性
C 度胸
Q10 地元の人とうまくやっていくノウハウ、成功するツボは何ですか?
相手の話をよく聞くこと、理解できないときは理解できるまで説明してもらうこと
Q11 日本人に対する地元の偏見などはありましたか? その偏見をどう乗り越えましたか?
裕福な人種には見られるでしょう。また英語を話せない民族という感じはされていると思います。
Q12 海外で仕事をしていて本当に困ったとき、助けになってくれたのは誰ですか?
一緒に仕事をしていた、または仕事でかかわってくれていた方
Q13 現地で最近生活・仕事を始めた日本人や、これから現地で働き、生活しようとしている日本人に、何かアドバイスがあったら記入して下さい。
オーストラリアには$2カンパニーと言われる資本金$2の株式会社が多く存在します。若いうちに挑戦して失敗を経験出来る国だと思います。
有限実行! 思い立ったら実行に移しましょう。
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